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障害が生じることを伝えて働くこととは? [高次脳_ふと感じたこと]

※あくまでも軽度当事者の主観です。

 

自分の就労の話。

 

現在、受傷後3社目なのですが、就労上、障害が発生することを伝えて就労してます。

 

自身、生死をさまよった状況からの回復だったので、問答無用で、復職先にその旨を伝えた上での復職となりました。

当時は今よりもひどい症状でしたが、それでも僕は「早く仕事に戻せ」と豪語していたとのこと。

 

 

本当に、見えない障害ですね。

 

 

その意欲もあり、受傷4カ月後という早い段階(これが早いのかどうかはわかりませんが・・・)で復職しました。

 

徐々に出社日を増やし、受傷7カ月後には形上の通常勤務(残業なし、出張なし)に。

そして、さらに制限を外し業務負荷を増やしていったんですが、通常勤務1年後に会社を飛び出してしまいました。

 

理由は、負荷増+脳機能が回復するに従い、あまりにも受傷前と違う自分に気づいたからです。

本格就労してからじわじわと気づくんだから、さすがにパニくります。

 

決して、難しいことをしていたわけではありません。

スケジュール、単純なやり取り、ほうれんそうでのミス多発。

 

とにかく辛かったですね。

事前に見えてれば、まだ手の打ちようというのもあるんですが、当時はほとんどお手上げ状態でした。

 

そして会社を飛び出す。

 

 

 

2社目に転職する際には、同じ島(スタッフ)で働く方には転職前にお伝えしました。

 

ただ見た目普通だから、あまり問題視されていなかったと感じます。

 

実際に働いて、ものの数カ月(いや数日)で問題が多発。

前社同様に、スケジュールや、打ち合わせや、業務自体の遂行で。

加えて、不具合が生じることを伝えていない「外部機関とのやりとり」が業務上増加したことも重なりました。

なにせ、外部機関からすると、こっちに不具合があるなんてわからないからね。

 

僕の場合、身体には不具合がないので、見た目普通のおじ様!?です。

なので、がんがん本気でクレームが入ります。

そこは慈善事業ではなく、仕事なので。

 

そしてあえなく沈。。。

 

 

 

3社目に転職する際には2社目の経験も踏まえ、診断書、就労見解書、臨床検査、できるできないリスト、事前3者面談を行ったうえで就労しました(もともと開示してますが、もろもろここまで揃えたのは初)。

 

そして現在、社内の人には就業上不具合が生じることを伝え、なるべく顕在化する業務は避けてもらっているのですが、それでも100%回避することは不可能です。

 

たとえば、少し離れた方や外部機関とのやり取り。

 

いわゆる、障害のことを伝えていない方とのコミュニケーション。

メモを多用しても、代替手段を使っても、やりとりが繁雑になってくると処理できないのが現状です。

 

そういう時はどうしているか?

 

1回きりのやり取りだったら問題ないのですが、何回もやり取りしていく必要がある相手の場合は、不具合があることを先に伝えます。

 

特に、顔の見えない電話でのやり取りは、内容の聞き取りや相手の様子を伺うことが難しく、「当方、電話でのやり取りに難があり、お手数ですがメールでのやり取りでお願いいたします。」と伝え、記録の残るかつワンクッションこっちが考えるペースが保てる、メールでのやり取りをお願いするようにしてます。

 

こう伝えれば、相手にも「ちょっと不具合がある方なんだな」というのがやんわりと伝わります。

この「やんわり」というのが結構ポイントかも。 

 

就労上の課題を、補助具などを使って自分で対処できるのであれば、特に周囲には伝えませんが、自分一人では対応しきれない場合、やんわりと周囲に配慮を求めるようにしています。

一見、自分の評価を落としてしまうようにも見えるかもしれませんが、「見えない障害」は、そうすることによってお互いどうしたらよいかが見えるようになり、結果、円滑なコミュニケーションや就労や信頼構築につながると感じています。

 

周囲の配慮に100%依存するのもおこがましいのですが、一方で「ちょっとした配慮を頂くことでお互い生活しやすくなるよ」というのも、周囲の方々に理解してもらえるようになると嬉しいというのが本音です。

 

 

なによりも職場のメンバーは、就寝時間を差し引けば、家族よりも一緒に過ごす時間が多いわけだからね。

 

 

 

実はこうやって、少しずつ世の中に「高次サポーター」を増やしていくのが、僕の秘密作戦だったりして。

そうすれば、今就労に困っている方や、不幸にも今後受傷される方にとっても優しい社会になるよね。

 

いずれ、一億数千万人がサポーターになるといいな。

そうすると、僕もブログ書かなくても済むかもね。

 

そんなことを夢見る、11月下旬の夜でした。



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情報量と高次脳。 [高次脳_ふと感じたこと]

11月ってこんなに寒かったっけ?

 

受傷後、とても寒がりになりました。

 

当然ながら、体もスリムになり肉体的に寒さに弱くなりました。

あわせて、気温の変化に過敏になるという精神的なものもあるし、脳障害なので物理的に気温変動への対応みたいなものが弱くなった感じもあります。

 

とにかく、ちょっと冷えただけで過剰に「寒い情報」が脳の中を駆け巡って、末梢の身体をブルブル震わせます。

 

 

情報の処理って難しいね。

 

 

先日、本が読めない(全く読めないわけではないですが、登場人物が多かったり話が複雑な本は記憶障害で苦手)のに、本屋さんに立ち寄ったら、知り合いが書いた本が置いてありました。

 

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どうやら相当売れてるらしい。

言語リハ(ST)を受けている僕としては、本のタイトル自体も興味ありありなのですが、さらに気になるグラフを発見。

 

 

 

世の中の情報量は10年間で約530倍に。

 

0002.jpg

 

 

総務省「平成18年度情報流通コンセンサス報告書」のグラフ。

詳細を見たい方は総務省のHPへぜひ。

 

 

 

一言で言うと、インターネット、IT、電子化によって、情報量が10年間で530倍に増えているということ。

 

10年間で530倍!?

 

 

ちなみに、厚労省が「高次脳機能障害」を本格的に研究対象として取り組み始めたのは、2001年。

 

一方で、このグラフによると世の中の情報量が上がり始めたのが平成13年あたり。つまり2001年。

 

 

高度医療・救急医療の進化、インフラの整備、助命率の向上など、高次脳機能障害者が物理的に増えているのは間違いないのですが、一方でこの「情報流通量の多さという社会環境」が、高次脳機能障害をより顕在化させていると感じます。

 

よくメタボ系の病気で「現代病」なんて言いますが、高次脳機能障害は「現代障害」と言ってもいいのかもしれませんね。

 

 

いずれにせよ様々な要素が重なって、現代社会における高次脳機能障害者の社会復帰が問題化・複雑化してきているんでしょう。

事実、受傷レベルが私と同程度の知人の多くが、就労上極めて苦戦しています。

あえて“極めて”とつけます。

 

情報社会が、障害を産むとは何たることや。

 

 

一方で、今までは声を出せなかった当事者が、世の中に情報発信できるようになったのも情報社会の恩恵。

高次に限らず、色々な病気や障害の方々の闘病ブログがたくさん世の中にはあります。

それだけではなく、障害の説明や講演会などの情報も知ることも。

 

情報社会が、障害との共生に役立っているのも事実。

 

 

情報って、我々にとっては両刃の剣みたいですね。

うまく情報処理ができるようになることも、うまく高次脳機能障害と付き合う一つの手段だと思っています。

 

事実、情報処理ツールには自身、相当こだわってます。

メモの取り方、見出しの付け方、マーカーペンの引き方、ノート使い分けなどのアナログ対応から、スケジュールの組み方、余分な情報を入れない技・アピール方法、収納方法(evernoteが結構活躍)、スマート端末(iPhone)など高度な技まで。

ここまでやっても、就業上は追いつけないのが現状。

 

できれば情報量が多くない環境にいたいのですが、社会と共生するには、社会の流れに合わせる必要もあり、情報処理能力がより一層求められるのも事実です。

 

情報量と高次脳。

非常に相性が悪い組み合わせなのですが、自分の中で、どこかで折り合いを見つけなくてはいけなく、今でもトライアンドエラーで模索してます。

模索しつつやっと5年。

まだまだ発展中です。



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2013年8月~10月ラップアップ [ラップアップ]

11月になりました。

もろもろ忙しく、3か月もラップアップ(その月の振り返り)記事を書いてませんでした。

なんたることや。

 

記録は記憶のために。

記憶は未来の自分のために。

 

3か月分をまとめてみます。

 

 

■受傷して5年が経ちました。

 

⇒僕が社会復帰するときに、高次脳機能障害者の、自然退職を除く5年後就業率が、極めて低いことを聞かされました。当時は他人事と思ってましたが、今では自分事。
5年経ちましたが、復転職を繰り返しながらも、なんとか不器用ながらに働いています。

 

 

■歯医者がひと段落した。

 

⇒なんとか最低限のところで治療がひと段落となりました。
どうしても苦手です。
何が苦手かと言うと、音と麻酔注射と振動。

次は12月。

 

 

■半沢直樹を、最終回の前日に一気に見た。

 

⇒時代に乗り遅れたくないという思いと、国民の4割以上が見てるというのに見ないわけにはいかないだろうという思いも重なり、最終回を生で見るために一気に視聴。
同じ障害の人ならわかると思うけど、登場人物とシナリオが覚えられないため、相関図とあらすじをサイトで何回も確認しながらトライ。
続編が楽しみです。

 

 

■季節外れの台風がきた。

 

⇒季節外れの大型台風がいくつか来ましたね。被災された方心よりお見舞い申し上げます。
僕も電車がぎりぎり止まってしまうところでした。

 

 

■家の畳をフローリングにかえた。

 

⇒ペットのこともあり、家の畳をフローリングに。なんか見違えるように広くなった感じがします。
毎日住むところの環境って本当に大切ですね。

 

 

■娘の誕生日だった。

 

⇒おもちゃのクレーンゲームがほしいと言っていたので、それをプレゼントしました。
お菓子とか入れて、みんなで楽しんでいます。
僕も楽しんでます。

 

 

■子供の運動会

 

⇒前述の記事通り。一眼レフ略して眼レフでガシガシガシと撮りました。
何よりも子供の成長した姿が見れてうれしい限り。

 

 

■子供会の秋の釣りイベント。

 

⇒大人げないというかなんというか。今年もこっそり「赤さし」を用意して挑戦。
ハヤみたいのを十数匹程度釣りました。
たぶん来年も参加する気がもうしています。というか自分が参加したいんでしょう(笑)

 

 

■仕事が忙しかった。

 

⇒単月の残業時間で見ると、受傷後一番多かったかな。
アウトプットはどうであれ、僕にとっては忙しかったのは事実だし、遅くまで働けるようにはなったのも事実。でも、普通の人と同じようにこなせるわけでないのも事実。
メモ・ICレコーダーをフル稼働させても、ハンディキャップは埋まりきらない。

 

 

■軽いフラッシュバックを起こした。

 

⇒広言してませんが、9月に朝の通勤電車の中で発症。会社ではなくそのまま病院に。
負荷を与えすぎたか、安定してきたところだっただけに残念。
本当にこの障害は、自分から見えないので、負荷の掛け方が難しい。痛切。
本人からすると自分から障害を見に行くことは、この上なく勇気がいるし、気付いた際には精神的にショックが大きい。
でも、確認しに行ったことは無駄にならないし、自分を褒めてあげたい。

 

 

 

 

先日、子供の悔し涙を初めて見ましました。

 

長男は野球をやっているんだけど、試合で、延長逆転負けしました。

終わった後に声をかけようとしたら、目を真っ赤にしていて声をかけられませんでした。

今まで、親に叱られて泣いているとか、友達とけんかして泣いているというのはあったが、悔し涙というのは初めて。

 

子供の悔し涙を見るというのは、親として感慨深いものがあります。

それだけに、とても印象的でした。

 

 

 

記録は記憶のために。

記憶は未来の自分のために。

 

 

以上、記憶障害者の、ここ数カ月の印象深い記憶です。



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